素朴な疑問ですが、アトムがロケットで太陽に突っ込んで死ぬという悲劇的な最終回を何故、手塚治虫先生は考えたんですか?
そういえばジャングル大帝もヒゲオヤジを助ける為に、レオ自らが殺すように言うんですよね。
自分を殺して肉を食べなさいと
これもかなり鬱・・・いや衝撃的でしたよ
手塚治虫は自己犠牲というテーマが好きな漫画家でした。
例えば「キャプテンKEN」では太陽爆弾を母親から守るため主人公は犠牲になりますし、「ロック冒険記」でも主人公は鳥人と人間の調和を図るため身を投げ出します。
また、「白いパイロット」は独裁体制に反発した王子が権力に立ち向かい死んで行きます。
このような悲劇的なラストを求めたかは「紙の砦」や「ゴッドファーザーの息子」、「カノン」などの自伝的作品に見られる戦争体験が大きく影響していると思います。特に手塚治虫は戦争末期(1945年3月)の大阪大空襲を経験し、多くの死と直面しています。(自身も軍需工場の見張り台から転落し、散々な目にあっている。)
手塚治虫が自己犠牲を多く扱ったのはこのような体験があったからだと思います。
アニメ版ではそれで終わりましたが、しかし 漫画の方は 連載雑誌を変え 番外編として続編が出ました。「アトム二世」と言うサブタイトルでした。ちなみにアトムは生きてましたよ!
こう考えてみて下さい
まず、アトムはロボットです。太陽に誰かが行かなければならないのならロボットであるアトムが行くべきです
なぜなら、アトムに感情があり優しさを持ち人間以上の倫理観と能力があったとしても人間の命と比べた時に人間の命はロボットより勝ります。あなたが自分の息子とアトムのどちらかを太陽に行かせなければならない時にどちらを行かせますか?
どれだけ考えても最後にアトムを選ぶはずです
彼は人間以上に人間らしい存在ですが人間ではないのです
そしてレオも同じです
人間と動物どちらかしか救えないなら、あなたは動物を助けますか?
訊かなくても分かる事ですよね?
人間の命より重い命はないんです
それが、この世の理(ことわり)なのです
☆その事を犠牲になるものが自ら名乗り出る事で読者に強く印象付けて強調したかったのでしょう
求めている回答とは違うかもしれませんが回答させていただきます。
同じく手塚治虫先生のブッダを読んだ時にうさぎがたき火に飛び込んで自分を食べさせる。というシーンがありました。
これが歴史的事実なのかはわかりませんが、自己犠牲という宗教的な精神の表れではないでしょうか、完全に推論なのでなんとも言えませんが、ブッダが初めて読んだ手塚作品だったので他の作品でそういうシーンをみると毎回ブッダを思い出します…
グダグダですいません;
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