鉄腕アトムは人に対して、心から感情移入していると思いますか?
私はしていないと思います。
ロボットに「人の心」の様なものを
プログラムしても、あくまでもそれは
「人の心」のような「ロボットの心」であって、
人が想像できるのは「人の心」でしかないからです。
だから人は「人の心」を「ロボットの心」と
同等に考えることはできないのです。
同じ仕組みで出来た生物にしか感情移入できないのです。
同じようにロボットが想像できる心も
「ロボットの心」に対してだけだと思います。
だからアトムは人に対して感情移入している
フリをしているのだと私は思うのですが、
皆さんはどう思いますか?
遠い将来、アトムが出来たとして、同じ問いかけをアトムにした場合に
「人間は人間に育てられることによって人間になる。猫に育てられれば猫の振る舞いをするでしょう?人間とまったく同じ能力をもったロボットであるならば、人間に育てられたロボットが心をもたないとどうして言えるの?」
と答えられたら、ちょっと困ってしまいますね。
ただ質問者さんがおっしゃるようにロボットにはロボットオリジナルの心というか、ロボット的見方があった方が世の中的には楽しいですね。
鉄腕アトムが、「ロボット」であることが自明で、さらに「ロボットの心」が明白に確認できる場合は、そうなのかもしれません。
では、「心」なるものを、どうやって確認するのでしょうか。「心」は、ほぼ人間の用いる言語に依存するほかないのではないでしょうか。そうすると、人間の生身の肉体を持っていることは関係なくなります。人間というプログラムを上手に実行できれば、その「人間」は「人の心」があるといえる。
それに、感情移入は鉄腕アトムも移入しているだろうし、会話している受け手の側も移入できる訳です。そうすると、鉄腕アトムが感情移入できることよりも、情報の受け手側が違和感なく感情移入できてしまうことが、「人の心」を相手に認めることになるのではないでしょうか。
今現在、知恵袋に「人間」から質問が出され、それに答えている「人間」がいるはずですが、感情移入しているフリをしているロボットが紛れ込んでいるかもしれません。人間の心の理解は、言語に依存していませんか。言語以外にどのようにすれば、「心」を理解できるでしょうか。
それはアトムじゃなくても成り立つ論理ですよね。
AさんにBさんが感情移入したところで、それはどこまでいってもBさんの心で、Aさんの心と同等かといえば、違いますよね。
そう考えると、人間同士だから同じ仕組みとも言い切れない気がします。
相手が人間であれロボットであれ、両者の間で会話が成立し、両者が感情が行き交ったという手ごたえを深いところで得たのなら、それは感情移入していると呼ぶことは許されるんじゃないでしょうかね。
もし感情移入ができなかったとしても、自分にはない感情の動きを客観的に理解することはできますよね。そういう気持ちがあるんだ、ということを受け止め、人はそう考えるのだという知識があれば、こういう場面でどう感じるかの推測は立つはずです。感情の部分ではなく、理性の部分で他者の感情を理解することができて、その感情に共感と理解を持てるのなら、それをふりと呼ばずに感情移入と呼ぶことも許されるんじゃないでしょうか。
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